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June 2016 - さそり座の店長
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18 Jun 2016

そこに店長が居なくとも… ノ巻

前回の巻では、そこに店長が居るだけで何ひとつ大変ではないことがものすごい大変になる店長因果のしくみについて、くどくどと解説させていただいた。 では、ヤツがそこに居さえしなければ、物事はスムーズに流れるのか。普通に考えればそういうことになる。 が、そうは店長が卸さないのが、予測不能の因果渦巻くギャラクシー。 ということで、今回は、居なきゃ居ないで七面倒、店長のいないときに起こりうるあんなこと、こんなこと、腐るほどあったわい! の巻である。 何しろオイル発掘ビジネスという職業柄、年に2~4回は世界各地の油田を堀りに、アフリカ、中東、アジア、南米など、紛争テロと過激派ゲリラ、さらには感染病という危機と危険が叫ばれる国や地域にピンポイントで出張する。去年は、マレーシア・ボルネオ島、一昨年は、ISの脅威が叫ばれるイラクかエボラ出血熱の感染エリア・リベリアかどちらに行くか死ぬほど悩んだあげく、イラクへ。そしてその前はアフリカのコンゴへ、オイル採掘チームのメンバー(登場人物参照)と共に石油採掘調査に出向いていた。滞在期間は短くて3~4週間、長ければ3ヶ月に及ぶ。 そしてその間、チュンチュンは、行ってる場所が場所だけにもはや心配したところでどうしようもなく、 「まあ、知らずに行ってるわけではないのだから大丈夫だろう」と、 ワイン片手にしばし戦士の休息を過ごす….. はずなのだが、これまでそんな安らぎのときがあった例しは一度たりとも記憶にない。 あれは3年前のコンゴ出張。 それはまだわたしがパリに来て3ヶ月という、右も左も緊張と不安しかなかった時期。 3年経った現在でもフランス語は笑けるほど粗末なものだが、その当時はフランス人が何を言ってるのか、看板や張り紙に何が書かれているのか、何もかもがサッパリわからず、生まれたばかりの赤子のように目に映るすべてが未知のフランスに怯えるばかりであった。そんな、いたいけなチュンチュンに、こともあろうに出張中のギャラクシーの店番を振ってくる「殺したろか」のありえなさ。 もちろん、そのときも土手の河原でタイマン張る中学生のようにとっくみあいの喧嘩を繰り返したが、結局、この「ボンジュール」と「メルシー」しか言えぬわたしが、破れかぶれの店番長をやるハメになったのである。それはもう、地球の平和を守るため、「キャシャーンがやらねば誰がやる!」と立ち上がる昭和生まれのテレビッ子の正義感と責任感から、としかいいようがない。 こうなったらヤケクソで「やったるわ!」と大見得切ってやってはみたものの、静まり返ったギャラリーでぽつんとひとり。 9月というのに芯まで冷えるパリの寒さとシトシト止まない秋雨に、気持ちはどんどん落ち込み、滅入り、訪れる客に何を訊かれるか、何を問われるかと戦々恐々、おびえ、震え、ちぢこまる日々。 生まれてこの方44年、日本では味わったことのない孤独と屈辱、何もできない無力感にさいなまれ、確かにあった幸せを捨てこんなとこに来てしまった後悔と懺悔に打ちひしがれ、それもこれも全部お前のせいや、と、ワイン片手にしっとり優雅なひとときどころか、夜な夜な頭にろうそく鉢巻きして店長のワラ人形を打ち付けるイメージを膨らませる日々であった。 いったい、わたしはいつまで、こんな異国の雨に打たれながらワラ人形を打ち付けなくてはならないのだろうか。 なぜなら、店長の出張はつねに、帰ってくる日も帰れるのかどうかも「I don’t know」。 ふん、なにをそんなに勿体付けて謎めく必要があるのかと、考えれば考えるほどいよいよ腹が立ってかなわない。 そもそも、もし何が起こるかわからない危険があるのなら、自分が帰れない事態になったら誰々に連絡してこうしろという書き置き、メモ書きくらい、後に残る人のために置いていくのが当然ではないか。 わたしの亡き母親など、それこそラガーマン並みに肩肘張った女手ひとつ母子家庭の責任感から、おばちゃん仲間と1泊2日の有馬温泉に行くだけでも、「お母ちゃんにもしものことがあったら、この茶色い絞り袋を開くんや。そしたら、ここに保険の証書と銀行の通帳があるからな。あと、連絡する人のリストはここに、こうやって…」と、有馬兵衛の向陽閣でいったい何があるというのか、うんざりするほどやいやいうるさく言うて置いて行ったものである。 それにひきかえ、有馬温泉とは比べものにならないくらい「万にひとつ」の危険が満載のデンジェラスゾーンへ行くというヤツが残していったものといえば、 「僕に何かあったら、僕の骨はトイレに流しておくれ。そして、息子のピエールに知らせておくれ」のひとことだけ。 おまえの骨をトイレに流すのはいいが、その前に、その骨をどうやってわたしが引き取れるというのか。もしあんたの身に何かがあって、警察か大使館かどこからか電話があったとしても、向こうが何ゆうてるかわからんわたしにどうしろと? カトリックでもプロテスタントでもなんでもない無宗教の店長だけに通夜や葬式は省いたとして、その後の役所届けやアパートの解約、銀行やらの諸手続きやらなんやかんや、ああ、もう知らん! 何かあったら何かあったと思って日本に帰ったれと、開き直って前向きに店番を頑張り続け2週間が経った頃。 毎晩のように、調子もへったくれもないわたしのもとに「調子はどうだい?」とかかってくる店長からのハニーコールが、その晩はなぜか様子が違っていた。 店長の電話の声は、あきらかに上ずり、焦り、異様な緊迫感を帯びていた。 「ハニー、今日、僕のホテルの部屋が何者かに荒らされ、コンピュータからパスワードが盗まれウイルスに破壊された。やつらは僕のフランス口座にアクセスして金を引き出そうとしている。だから今、銀行口座はすべてブロックされている。僕は、彼らに拘束されるかもしれない…   僕の言ってること、わかるかいハニー? キャン ユー アンダスタ~ン?」 って、むっちゃいい発音でささやかれても、だ。 いやいや、いやいや、言うてることはわかる。わかるよ。言うてることはわかるけども、言うてる意味、言われているこの今の状況が、なんのことか、わかるかい。なぜなら、こんなこと、海外ドラマ「24」か漫画の「ゴルゴ13」でしか見たことがない自分に思えることは、ただひとつ、ウソやろ? そして、この土台平和な日本人が言えることは、 「警察に連絡したら?」 そんな程度である。 「何をバカなことを言ってるんだ、ハニー。コンゴの警察がどれほど恐ろしいか知らないのかい? 」(知らんやろ、普通) 「警察なんかに知れたら、僕はアフリカの刑務所に入れられるよ」(おかしいやろ、絶対) 人生何が起こるかわからないにも程があるこの事態。もはや何をどうしていいやら「とりあえず….. ガンバレ!」というチュンチュンに 「Yeah… ワタシ ガンバル besou besou」と力なく電話を切ったのを最後に、店長の音信はプッツリ途絶えた。 わたしからメールを送って何のレスポンスもないことは1度もない店長だけに、翌日、何度メールしても返ってこないということは、これは間違いなく、昨晩ヤツが恐れていた通り、コンゴ人に拘束された !!!!!  ということだ。 とにかく、これはフランスの警察、コンゴのフランス大使館に探してもらうしかない。店長のパスポートとIDのコピー、消息不明に至るまでの経緯をまとめた書面を用意し、フランス語が話せる日本人の仲間にギャラクシーに集まってもらい、「アフリカ・コンゴ 店長誘拐 特別捜索本部」がにわかに立ち上がったその時。わたしの携帯に見知らぬ番号からのSMSメッセージ。 見るとフランス語で書かれたそれは、たぶん、身代金要求の脅迫状。 すかさず仲間に「何て?」とメールの内容を訳してもらうと、やはりそうであった。 《マダム、テンチョウの命が惜しければ5万ユーロ払え。口座は後で連絡する》   ええええええーーーーー 何がーーーーーー 何ンのことォォォォォォォォォーーーーーー なんでわたしが、日本列島以外に自分が生きる世界はないと生きてきたインターナショナルとは無縁のこのわたしが、なぜ、コンゴ人から身代金要求されなアカンのヨォォォォォォォォォーーーーーー だが、こういうときは、そう、奥さん、落ち着いて。 「お金は用意する。でも、その前に、無事な声を聞かせて!」 それが身代金要求への正しいレスポンスであることは、数々の刑事ドラマに学んできたテレビっ子、チュンチュン。 即座に、その日本語をフランス語で返してもらい、犯人からの接触を待つ間、店長の宿泊ホテルへの確認、コンゴのフランス大使館への捜索願いに奮闘する捜査本部の仲間たち。 けれど、滞在先のホテルの名前も連絡先も、肝心なことはなにひとつ置いていかない店長。滞在ホテルひとつ探すのもひと苦労。 「コンゴ, ホテル」でgoogle検索したホテルの写真と、出張中、朝昼晩とひっきりなしに送られてきた店長の自撮り画像を照合し、プールがある、ラウンジはこう、「ここや!」と絞り込んだホテル・ポワン・ノアール。その名も「ホテル・黒い点」。 さも黒々した、いかにも悪そうな名前からして、間違いない、ここだ! と電話かけるも、ホテルのくせに誰も出ない。何度かけても、つながらない。 これって、フロントのやつが誘拐犯に金をつかまされたグルで、かかってきた電話の着信番号をちらっと見て、「フランスからだ」と無視するという、まさに「ゴルゴ13」の黒い荒野で読んだそれ、それやで! と、やぶにらみに舌打ちしつつも、なぜかやたらと興奮度が増していくチュンチュン刑事・人情派。 さらに、外国人の行方不明など、財布を落とした紛失届くらい珍しくもなんともないのか、通販会社の注文窓口ほどひっきりなしにその手の電話が掛かってくるのか、コンゴのフランス大使館から返ってくるのは 「まずはサイトの問い合わせページからご相談内容をお知らせ下さい」 だが、何回アクセスしても、そんな問い合わせページなどどこにもないという、事実上のもみ消しであった。 コンゴ人からの連絡はその後一切なく、捜査は振り出しに戻ったかに見えた夕方5時過ぎ、店長からのメールが! 「ハニー、僕はコンゴ人に拘束され、自由を奪われている。見張りは4人。僕はなんとか脱出する チャオチャオ♥」 いや、チャオチャオはええねんけど、無事なのか、なんなのか、どないやねん! と、即座に返信を打とうとするも、「待って!もしかしたら、それは犯人のなりすましかも」と、慎重かつ冷静な捜査員の制止が入る。 せやな、そしたら、このメールが店長であるということを確かめるための策として、店長にしかわからない質問を投げかけることにした。 「この7月まで、ギャラクシーの店番バイトをしていた日本人女性の名は?」 すると、返ってきた答え。 「CHIYO (チヨ)」 正解、お見事! 「店長、無事やったんや!!! 」 「やっぱりなぁ」 「アイツに限って、ただで死ぬわけないねん」 「せや、死んだらええねんと人に思わせるようなヤツは死なへん。 みんなが死んでもひとり100歳まで生きよるねん」 と、クソミソの安堵にボロクソに活気づく捜査本部。 そうして、店長は、犯人の仲間の見張りのスキを見てアジトから脱出し、翌日、無事パリへ戻ってきた。 と、お読みいただいた通り、コンゴの話だけでも、あってはならないことがあり過ぎる店長不在の「ありえなさ」。 マレーシア、イラク出張中には何があったか、わざわざ書かずとも、居なくとも「大変」ということだけはお分かりいただけるだろう。   ヤツが居るとき、居ないとき、いずれにしても、普通の時はないと思え。 それが店長ギャラクシーに巻き込まれた者の掟なのである。